日本の芸術家 北野武
「HANA-BI」の絵に見る、生と死を見つめる北野武のリアリズム
コメディアンとしては北野武の芸名で活躍している北野武ですが、明治大学工学部に入学するほどの頭脳派でもあます(後に除籍。2004年に特別卒業認定)。映画監督や芸術家として活動する際には、専ら北野武名義で活動しています。 彼の理系としての見識もかなり垣間見えるようなアート作品も数多く製作していますが、彼が表現するその理由を、映画「HANA-BI」の中に見ることができると思いました。
1989年公開の映画「その男、凶暴につき」で監督デビューした北野は、その後も20本近い作品で監督を務めています。自身が脚本、主演を務めることも多く、芸人として磨かれた演技力が映画の中でも存分に発揮されています。
北野映画は海外の映画コンクールでも評価を受けており、世界三大映画祭(カンヌ国際映画祭、ベルリン国際映画祭、ヴェネツィア国際映画祭)の一つであるヴェネツィア国際映画祭では、1997に「HANA-BI」で最高賞である金獅子賞、2003年に「座頭市」で監督賞にあたる銀獅子賞を受賞しています。
世界三大映画祭で最高賞を受賞した日本人監督一覧
- 黒澤明(「羅生門」-1951年ヴェネツィア、「影武者」-1980年カンヌ)
- 衣笠貞之助(「地獄門」-1954年カンヌ)
- 稲垣浩(「無法松の一生」-1958年ヴェネツィア)
- 今井正(「武士道残酷物語」-1963年ベルリン)
- 今村昌平(「楢山節考」-1983年カンヌ、「うなぎ」-1997年カンヌ)
- 宮崎駿(「千と千尋の神隠し」-2002年ベルリン)
そして、北野武の7人だけです。
海外でも特にフランスでの評価が高く、1999年にはフランス政府から、芸術分野で多大な功績を残したものに贈られるフランス芸術文化勲章シュヴァリエ章を、2010年には同最高章であるコマンドゥールをそれぞれ受勲しています。
北野は、青みがかった色彩を作中の随所に取り入れることが多く、その色彩表現はキタノブルーと呼ばれています。また、コメディ映画から任侠映画まで、幅広いジャンルの作品を世に送り出していますが、任侠映画などにおいては、暴力的な描写がストレートかつリアルに表現されており、「座頭市」や「アウトレイジ」シリーズでは凄惨な殺人シーンが連続するため、どちらもR15+指定となっています。
これらのリアルな表現をためらいなく撮るのは、北野の人生観に起因するものだとも考えられます。 北野には1994年に飲酒運転でバイク事故を起こし、生死の淵をさまよった経験があります。 特に顔や頭部へのダメージが大きく、奇跡的に一命をとりとめたものの、その後もしばらくは顔面麻痺という後遺症が残ることになりました。
北野はその当時を振り返って、「いろいろ考えるいい機会になった」と語っていますが、 その時の経験が、後に撮ることになった「HANA-BI」に影響を与えているように感じられます。 「HANA-BI」では、病気の妻を持つ刑事の役を北野自身が演じていますが、生と死を見つめるその姿勢から、このような作品が生まれたのではないでしょうか。前述のキタノブルーも、そういった儚いものと上手くマッチングして切ない世界観を助長しています。
また作中で、主人公の元同僚だった刑事が絵を描くシーンがあるのですが、その絵は北野自身が実際に描いたものです。 絵には、青と白の背景に人が一人でぽつんと立っており、その手前に桜のような木が描かれているのですが、それがどこか寂しげで孤独な人間の命の儚さを花に例えているように感じます。 作中でその元同僚は、犯人に撃たれて車いす生活を余儀なくされているのですが、その彼が絵を描くというのは、現実における北野武を反映したような設定だと感じました。
「アウトレイジ」などの暴力的な描写には、賛否両論があるかと思いますが、そこに映る北野映画のリアリズムは、死というものと間近に向き合ったことがある北野本人だからこそ撮れる現実なのだと思います。 おかしなアートやオブジェも多く作成している北野ですが、彼の創作活動の根底にあるのは、やはりあのバイク事故なのだと思いますし、生とはなにか、死とはなにかを見つめ続けて延長にそれらのおかしなアートがあるのではないかと考えています。
代表的な作品
- 北野武
- 1947年1月18日生~
- 1997年ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞
- 1999年フランス芸術文化勲章シュヴァリエ章
- 2003年ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞
- 2010年フランス芸術文化勲章コマンドゥール
- 代表作「HANA-BI」「座頭市」「アウトレイジ」等